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2010年12月 1日 (水)

中国商務紀行2010晩秋③

昨日は、塩城市から再び車で約4時間走って上海の街に帰って来た。

やはり昨日も上海までは最後に訪れた塩城の会社の車で送って貰う事が出来た。

上海のホテルに到着したのは5時頃だったので、その時間から再び塩城に戻るとかなり

遅い時間になってしまうだろう。 本当にご苦労様である。

昨晩は、久し振りに上海で一人っきりの夕食になってしまったので、ホテル近くの日本食

の店に入った。中華料理は大勢で食べるには最適であるが、日本の丼物の様な単品の

メニューが無いので、正直一人の時には困る。 その点日本食は一人向きである。

アサヒの生ビールと枝豆でグイッ!  と一杯、そのあと食事をしてホテルに戻り、メールを

チェックして昨晩は早めに床に着いた。

本日、起床してホテルの窓のカーテンを開けると、そこに上海の街の景色は無かった。

濃霧で一寸先が見えない。 中国ではよくある事だが最初に飛行機の欠航・遅延が頭を

よぎり、すぐインターネットで飛行状況を確認すると、やはり多くの便が混乱している。

ダメな時はダメと覚悟を決め、遅めの朝食とメールチェックのあと、帰国準備に入った。

ホテルをチェックアウトする頃には霧も少し晴れて来たので、予定通り空港に向かった。

心配した欠航・遅延の案内も無く、出発時刻はオンタイムになっている。 一安心だ。

日本航空の定時出発にも協力し、定刻にスポットを離れるかと思いきや、やはり今回も

管制塔からの出発許可が下りないとの案内。 結局、定刻よりも40分遅れて搭乗機は

スポットからプッシュバックされたが、今回はこれだけでは終わらなかった。

今度は滑走路端の待機場所まで誘導され、そこで後から来る出発機に次々と追い越さ

れて行くのを見せられる事になったのである。 ここで30分待ってようやく出発となった。

待機中、キャビンアテンダントに、「また意地悪されているの?」と聞いたら、アテンダント

は、気マズそうな顔をしながらもうなづいた。やはり日本機に対して、この様な嫌がらせは

常に有ると言う事なのだろう。 改めて尖閣諸島は絶対に渡してなるものかと強く思った。

  

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