私の無線室

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2014年9月 1日 (月)

サライはいけねえ!

37回目の日テレ24時間テレビは、天候不順だった夏休みとともに昨晩終わった。

番組のフィナーレは全国的な「サライ」の唄の大合唱と、マラソンランナーのゴールで

幕を閉じるが、これがどうもいけねえ。 何がいけねえのかは後ほどにして、「サライ」 

と言う唄が出来た経緯は、1992年(平成4年)15回目の24時間テレビの放送中に

テーマソングとなるべき唄を作ろうと加山雄三さんと谷村新司さんが中心に取り組み

出来上がった事は皆さんご存じだと思う。  人生の歩みにはその時々の唄があると

言われるが、24時間テレビが始まった1978年(昭和53年)、オヤジは結婚して1年

が過ぎ、その年の秋には長女が誕生する事になる記念すべき年であった。

就職した会社の仕事にも慣れ、自分で言うのも変だがバリバリやっていた頃だ。

しかし、まだサライと言う唄は誕生していなかった。  それから14年が過ぎ、オヤジの

環境は大きく変わった。 ベンチャーした転職がうまく行かず、次の仕事も決めずに机

を叩いたものの子育てが一番大変な時期に、正直収入は極めて厳しいものになった。

それでも家庭が楽しかったのは救いだったし、そんな時こそ色々な人生勉強が出来た。

故郷の徳島に帰りたいと思ったが、鳴り物入りで転職した以上それが出来なかった。

そんな時に24時間テレビで流れたのが「サライ」だったのである。  歌詞もメロディー

も、その時のオヤジの琴線に触れ、涙が止まらなかった事を覚えている。

あれから更に22年経った今も、この唄を聞くと涙腺が緩むが、今は懐かしい思い出と

言える様に変えてくれた、たくさんの方々への感謝と感激がその様にさせる。 

いずれにしろ「サライ」は、オヤジにとってはある意味 ” いけねえ” 唄なのである。

  

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コメント

オヤジさんも人生後半戦になりいろいろと大変な経験をされて来ましたな、世の中不況時どう対応するか、動くのか、ミノムシみたいにじっとがまんするのか、私は後者のほうでした、一つは他社で再出発は自信が全くないこと、それと信頼出来た仲間がいたことが大きかったような気がします、でオヤジさんはその分世間のワズラシサ、厳しさ、は人一倍体験していると思う、今後これを後世に伝える事が望ましいょ。

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