私の無線室

  • 28. AT-230
    無線室改装しました。

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2011年12月

2011年12月31日 (土)

2011年大晦日

今年も大晦日を迎えた。

徳島の天気は快晴、気温も温かくて風も無い。 このまま正月を迎えたいモノである。

家内は「おせち」の準備に忙しそうである。 私は机と無線機周りの掃除のあと自転車

の掃除とタイヤの点検を行う。 空気を入れても直ぐに抜けるらしくパンクをしている事

も考えられる。 とりあえず虫ゴムを新品に取り替え空気を入れて様子を見る事にする。

みんな正月の準備に忙しいのか、今日は無線機から各局の声が聞こえて来ない。

そんな事をしている間に、はやお昼になった。 今年もあと12時間余りで終わる。

この様な1年の節目を既に60回を越えて迎えていると思えば感慨深いモノがある。

今年は特に大病をして2ヶ月半に渡り、人生の無駄遣い(実際は違う)をした様な気が

しないでも無い。 来年は健康に留意してこの分を取り戻す様、有意義に過ごしたい。

  

今年は、震災と津波で大きな被害が出て、大変な2011年になりました。

個人的にも長期に渡る入院で、皆様方には大変ご心配をお掛け致しました。

2012年は2011年の厄を落とした素晴らしい年になればと願うぱかりであります。

今年も、オヤジの下手な文章にお付き合い頂きまして心より御礼申し上げます。

来年も、色々と書かせて頂きたいと思っておりますので、またお付き合い下さいませ。

来たる年、2012年が皆様にとりまして良いお年になります様に!!

  

2011年12月28日 (水)

韓国の「キム」

家内が韓国海苔が好きでよく買って来る。

韓国海苔は日本のモノとは少し違い、胡麻油が塗布されていて表面に塩がパラパラと

少しだけ掛かっていてこれはこれで結構美味しい。 昔は韓国土産の定番商品であり

少し嵩張るが、軽いのでよく大量に買って来たモノである。 

しかし最近では日本中様々な処で買う事が出来しかも値段が極めて安くなって来た為

に「おみやげ品」としては少し不向きになってしまった様である。

ところで韓国語で海苔の事をKIM(キム)と言う。 韓国のキムさんなので覚え易い。

最近ではパッケージに日本語表記もあり、日本に大量に入って来ている証拠である。

しかしながら、我が故郷徳島自慢の海苔と比べると厚みが全然違う。

1枚が韓国海苔3枚分以上はあると思われるが、それはそれ、これはこれである。

隣国でありながら、お互いに違う個性があるので、日韓で食べ比べて楽しんでいる。

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2011年12月27日 (火)

師走訪中記④

12月25日(日)、中国時間13時10分日本航空894便は上海浦東国際空港の26番

スポットを離れ、関西国際空港へ向けての帰路についた。

今回は遅延も無く更には折からの西風に乗って飛行速度は900km/h近くに達した。

お陰で、飛行時間はわずか1時間45分と短く、ゆっくり食事を楽しむ時間も無かった。

免税品の販売も十分に出来なかった様でアッという間に徳島上空を通過し、関西国際

空港のアプローチ管制空域に入った。 まるで国内線並みの飛行時間である。

西風の速度は普通200km/hほどであるから、仮に飛行機の巡航速度を700km/hと

すると西行きは向かい風で500km/hほどになり、東行きは追い風で900km/hほどに

なる計算だ。 従って到着時間は往路と復路では大きく変わる事になる。

ちなみに今回の往路の飛行時間は2時間30分ほど掛かった。

予定より早く到着した事により1本早い関空特急はるか28号に乗車する事が出来た。

はるかの車窓から夕暮れの町並みを眺めていると、やはり日本はいいなぁ~と感じる。

今日は「クリスマス」、色々な事があった2011年もいよいよ残り少なくなって来た。

来たる年、2012年は公私ともに良い年になって貰いたいモノである。

  

2011年12月25日 (日)

師走訪中記③

昨日は安徽省の池州から約6時間掛けて上海に帰って来た。

今回、比較的短い日程であったがパートナーの車のトリップメーターは全行程でおよそ

2000km近くにまでになっていた。 いつ来ても中国は本当に広い。

上海市内に入ると、相も変わらず渋滞が激しくて、なかなか思うように進めないが無事

ホテルに到着した。 最近私の上海での定宿はウオッシュレットが完備され快適である。

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これからいろんな地域でもこの辺の設備は段々と充実して行く事だろう。

先回、お酒の話を書いたが、今回もまたすこし話しをしてみたい。

中国ではまだ飲酒運転が野放し状態であり、ほとんどの人が酒を飲んで運転をする。

もちろん、中国パートナーの運転手の様に移動中一切酒を口にしない運転手も多いが

全体的には、まだまだ一部分にしか過ぎない様である。

中国では、宴席に運転手も加わって一緒に食事をする習慣になっているのでその辺の

状況はよく見える。 昔、商談の時には居なかった人が宴席に加わって1人で紹興酒を

6瓶ほど空けた。ところで、この方はどなたでしょうか?と聞いた時にウチの運転手です

と言う答えが返って来た時には自分の耳を疑ったモノである。

こんな事をしていたらダメだと思っていたが、最近大事な原料サプライヤの経営者の方

が飲酒運転で自損事故を起こして亡くなってしまうと言う悲しい出来事があった。

シートベルトもしていなかったと聞いた。 この辺の徹底が今後中国が更に国際社会の

仲間入りをして行く為の大きな課題ではないかと思っている。

いずれにしても、師走の出張を終えて本日の午後便で帰国する。

今回も、最後まで安全に全ての日程を終わる事が出来る様にと願っている。

  

2011年12月23日 (金)

師走訪中記②

今日は安徽省の黄山から江西省に入り、夜再び安徽省の池州まで帰って来た。

中国に出張に来るとサプライヤと食事を共にする事も多いが、中国人は酒が強いので

私の様に酒に弱い者は困る。 まだモノを頂戴する側なので許される面も有るが普通は

アルコール度数の高い酒を中国式の方法で酌み交わす事になるので大変である。

中国人が好きな酒の1番は、コーリャンを主原料にした「白酒(パイチュー)」と呼ばれる

酒でアルコール度数は40度~50度ぐらに渡って種類があり、これをストレートで飲む。

中国全土には中国人が自慢する有名な「白酒」がいくつかあると言う話である。

私などは直ぐにノックアウトしてしまうので、これはとてもお付き合い出来ない酒だ。

また、浙江省の近くになると「黄酒(ホワンチュー)」と呼ばれる酒が好まれている。

アルコール度数は日本酒と同じくらいで10年以上寝かせたモノは味がマイルドで結構

日本人にも好きな人が多いが、中国人は5年ほど熟成の荒いモノが好みの様である。

昔は娘が生まれると餅米を原料にしたこの酒をカメに仕込み、その娘が嫁ぐ時に持たせ

たと言う。 従って長く寝かせたこの酒は別名「老酒(ラオチュー)」と呼ばれる。

この酒は我々がよく知っている「紹興酒」の事だが、浙江省の紹興産の酒と言う事での

呼び名であり、中国では黄酒(ホワンチュー)が一般的な呼び名になっているらしい。

いずれにしても私の場合は、それは酒ではないと言われてバカにされながらもひたすら

ビールでお付き合いさせて貰う様にしている。 中国のビールはアルコールの度数が低

いのでいくらでも飲める反面、長時間移動する場合はトイレに困ると言う難点がある。

なかなかうまく行かないモノである。 

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2011年12月22日 (木)

師走訪中記①

今年も残り少なくなった中、昨日より出張で中国に来ている。

最近、師走になっての出張が多く昨年はインド、その前は韓国に出張だった。

今回は病み上がり後初めての出張で体調が心配されたが極めて元気に移動が出来て

いるので安心している。 本日は上海から杭州湾工業園区を経て安徽省の「黄山」にて

宿泊である。 上海から約600km、時間にして7時間の車での移動であった。 

病気以降体重を落とした分、寒さに弱くなりこの時期の出張は少しこたえる様になった。

日本と違って応接室は暖房されていない事が多いので、コートを着たままの商談になる。

最初は抵抗があったが、今ではこのスタイルにもすっかり慣れてしまった。

最近中国でもクリスマスの飾り付けやイベントが多くなり、この時期は綺麗なイルミネー

ションがホテルなどでも見られる。 フロントマンもサンタのスタイルで応対している。

中国も随分変わったモノである。 今日は何故か高速道路で事故が多くて、結構渋滞が

発生したが、我々は無事に移動が出来た。明日は陶器で有名な景徳陳を通って江西省

の街まで向かう予定である。

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2011年12月19日 (月)

イルミネーション

今年も残すところあと2週間ほどになった。

この時期になると、クリスマス用のイルミネーションが各地で点灯され、街は綺麗だ。

関西圏では「神戸ルミナリエ」が有名であるが、最近ではLEDの普及で個人でも簡単に

自宅やマンションを飾り付ける人が増えており公共の場所以外でも楽しめる様になった。

地元企業に「日亜化学工業」があるからと言う訳ではないと思うが、私の実家の近くには

個人的なLEDイルミネーションで一躍有名になったお宅がある。

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数年前から始められた様で私は昨年末に初めて見せて貰ったが素晴らしい出来である。

毎年、新聞でも紹介され、連日日没になるとたくさんの見物人が訪れるそうである。

毎年スケールアップをして行かないと見る人は満足しないとの事でご苦労も多い様だ。

実際のところ昨年よりも一段と綺麗な飾り付けがされていて十分に満足させて頂いた。

個人のイルミネーションとしては本当に素晴らしいの一言である。

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私の住む 「ケンチョピア」のハーバーも、この時期になると船のマストをLEDで飾り付け

するので、窓からでも綺麗な「光」の点滅を見る事が出来る。

冬のひととき小さな光の集まりが人の心を癒してくれる。 光とは本当に不思議なモノだ。

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2011年12月18日 (日)

深夜の大捕物

17日(土曜日)の夜、寝床に入ろうとした頃にベランダ下から大きな声がした。

私の家の周りは歓楽街でもなければ、それほど賑やかな処でもないが向かいにコンビニ

のローソンがあり、道を挟んで隣には焼き鳥専門の居酒屋が1軒ある。

そんな関係から夜遅くまで人の出入りがあって深夜でも人の話し声が聞こえる時がある。

昨晩も、ローソンの買い物客の話し声か、忘年会のお開きのひと騒ぎか、と思ったが様子

が少し違う。そこでそっとベランダ越しに下を覗いて見たところ、2人の警官が1人の男を

取り押さえているのが見えた。 同時に罵声も飛び交い格闘のまっ最中であった。

男も簡単にはおとなしくならずに、抵抗を続けるている様子である。

凶器等の使用は見られなかったが、こんな光景はテレビ以外では私は初めてであった。

しばらくして、5人ほどの警官が車で到着し男は連行されて行ったがまさに深夜の大捕物

と、言ったところである。 「キッチリ弁償して貰うからな」、と言っていたのが聞こえたので

それから推測するに、居酒屋から飲酒運転で車を出す際に他の車に接触した様だ。

駐車場のガードマンが足止めし、通報で駆け付けた警察官とモメたと思われる。

いずれにしろ、警察の人達も年末の夜遅くに、ご苦労さんな話である。

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2011年12月14日 (水)

呼出符号の話②

今回も引き続きアマチュア無線局のコールサインについて書いてみたい。

頭にJAが付くコールサインは、日本のアマチュア無線局にとって貴重なモノである事は

前回お話ししたが、今考えれば私はこの貴重なコールサインの取得を1度ミスしている。

アマチュア無線局のコールサインは、無線局の「常置場所」管轄の総務省総合通信局

に申請すれば割り当てられる。 当然私の様に住所を転々と移動した者にとってはその

転居した先々で免許の申請が出来る事になる。 有る意味移動しなくても、そこに住所が

ある事にして申請すれば免許は下りるのでパスポート申請時の様に住民票も戸籍抄本

も必要ない。従って取得しようと思えば、1エリアから0エリアまで全国で10局の免許は

取得出来る訳である。 私はこんなにたくさんの局免許は不要であるが、免許を申請する

時期を間違えた事に今後悔している。 私は最初、四国徳島でJA5FUCを開局した。

昭和44年大学に進学、愛知県春日井市に住所を移してアマチュア無線を楽しみ始めた

頃はJA5FUC/2(四国の局が東海に移動して運用の意味)と言う形で運用していた。

これがいけなかった。 昭和45年、春日井で仲間も大勢出来、そろそろ東海のコールを

取得したいと思って申請した頃には既にJAは終わり、次のJHの時代になっていた。

従って私にはJH2MFZと言うコールサインが割り当てられる事になった次第である。

昭和44年、春日井に転居後すぐに申請していたら、JA2のS~Uぐらいのコールサインが

与えられていたと思われる。 貴重なコールサインの取得を棒に振ってしまった訳だ。

しかし1度与えられたコールサインには愛着がある。 2つとも大切にして行きたいモノだ。

  

2011年12月13日 (火)

呼出符号の話①

免許を受けた無線局にはその局独自の呼出符号(コールサイン)が与えられる。

アマチュア無線局は勿論の事、ラジオやテレビにもそれは存在し、福井放送のJOPRや

JOPR-TV、四国放送のJOJRやJOJR-TVが放送局のコールサインだ。

アマチュア無線局の場合は通常頭に「J」の文字と、数字の入った6桁の英数字で構成

されている。 私のコールサイン ”JA5FUC ” を例に少し話を進めて見たい。

3桁目の数字は全国を10のエリアに分け、無線局の常置場所のある住所で決まる。

1(関東)2(東海)3(近畿)4(中国)5(四国)6(九州・沖縄)7(東北)8(北海道)9(北陸)

そして0(信越)と言う様になっている。 頭の2文字は最初JAからスタートしたが後半の

3文字がAAA~ZZZまで与えられるとJA →JH→ JR と言う様に変わって行った。

何故か、JA → JB → JC とは変わって行かないのが不思議なところである。

最初に免許を取得された局は後半のアルファベットが2文字で、貴重な局となっている。

その頃はこんなにもアマチュア無線の人口が増える事は想定してなかったからだろう。

また後半のアルファベット3文字の頭にYとZが付けばクラブ局(例:JA2YDX)それ以外

なら個人局を表すと言う様な決まりもある。またコールサインの割り当てにはSOS等の

通信上間違いやすい文字を含むモノ(JA1SOSやJA3OSO等)は除外されている。

この無線局の免許更新は5年に1回行われるが免許が切れて6ヶ月までは救済措置で

コールサインを復活させられるが6ヶ月を過ぎると新規開局する他の人に割当てられる。

ただ「JA」の局の再割当ては無いと聞いている。一度でも手放したら二度と戻って来ない

ので絶対忘れない様に大切に更新して行かなくてはならない。

私も、JA5FUCはあまり良いコールサインでは無いが、これからも大切にして行きたい。