私の無線室

  • 28. AT-230
    無線室改装しました。

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2009年7月

2009年7月31日 (金)

中国出張アラカルト④

◆ 中国インターネット事情①

中国のインターネット接続環境は日本と比べるとまだまだ遅れている。

大きな都市のホテルで、高速网絡(高速ネットワーク)等と書いてあっても、スピードはかなり

遅くて、メガbps単位の速さで接続されているのを見る事はほとんどない。

極端な例では通常のインターネット画面の出現まで5分ぐらい掛かる田舎のホテルもある。

こんな状態の時は、とても会社のパソコンと接続して仕事をする事などは出来ない。

スピードもさることながら、接続が微妙に断続されている様で、時にはネットワークが接続され

ていない状態を示すアイコンが出現したり消えたりするのがその証拠である。

接続が有料のホテルでは大体問題なく利用出来るが、今回宿泊した上海のホテルでは格安

料金で宿泊したにもかかわらず、ネット接続料が1晩で180元(約2700円)だと言う。

日本は休日と言う事もあり、貧乏性の私は、この日LANケーブルをつなぐ事はなかった。

 

◆ 中国インターネット事情②

中国のホテルでのインターネット接続もネットワーク接続が主流になって来たが、前述の様

に、接続料が必要になるホテルも中にはある。 日本円で1晩500円ぐらい迄なら許せるが

もしメールを見るだけなら、この500円でも高い。 ここで耳よりな接続方法をお話ししたい。

先ずホテルの電話機のコードをモジュラージャックから外し、パソコンのモデムに接続する。

パソコンでダイアルアップ接続を作成し、電話回線を通じてアクセスポイントに接続する。

代金は電話料金のみで、アクセスポイントの利用料は無料、主要都市なら大体つながる。

アクセスポイントの電話番号は、16300(一部地域は16900)、IDも16300,バスワードも

16300だ。 ちなみにホテルでつないだ場合、料金は3分以内で1元(15円)くらいである。

各ホテルの外線への発信番号を16300の頭に付ける事を忘れない様、注意が必要だ!

2009年7月30日 (木)

中国出張アラカルト③

◆ ぶつかるぅ~

またまた上海のホテルでの事である。 (アメリカ系のホテル)

エレベーターがシースルーになっているので、外を見ているとスリル満点である。

最初に1階まで降りた時の事である。 エレベーターから見えている1階のフロアが近づいて

来ているのに、全くスピードを緩める気配が無い。 危ない!と思った瞬間に、エレベーターは

フロアを突き抜けて停まった。 実は写真に写っているフロアは1階のフロアではなくて3階の

フロアで、このフロアを突き抜けた下が1階のフロアになっているのである。

まったくこのホテルは心臓に悪い。 アメリカ人はこんなのが好きなのだろうか?

Elevator01 Elevator02  

◆ パソコン命①

いつからこの様になったのか、パソコンの無い生活は考えられなくなった。

言い換えれば、パソコンに追われる毎日になっており、それは出張中も同じである。

ノートパソコンを持参しての出張になるが、移動中は常時携行していなくてはならない。

いくら軽いノートパソコンでも結構な荷物になるので、本音を言えば持って行きたくない。

しかし、メールや日次処理など、出張中でも実行しなくてはならない業務がたくさんあるので

ホテルの部屋に着いたら、何をさておいてもパソコンを起動させる自分がそこにいる。

ネットワーク接続のアイコンが消え、インターネットが立ち上がればホッと一息つける。

その後でトイレに行ったり、顔を洗ったり、着替えをする様になってしまった。

パソコンの接続が、行く先々のホテルで毎日最初の日課になっている事は少し悲しい。

 

◆ パソコン命②

今回の中国出張の途中で、一回パソコンをバッグごと軽く床に落としてしまった。

この様な時の事を考えて、バッグはパソコン専用のエアークッション入りのモノにしている。

しかし、気になったので直ぐに取り出して起動してみたところ、立ち上がらないのである。

冷や汗ダラ~リである。 ハードディスクのクラッシュぐらいまでは対応できる様バックアップ

は持参しているが、やはり気になって仕方が無い。 最悪の事態が頭をよぎった。

結論的にはその日のホテルで無事起動出来た。 原因はいつもUSBのマウスやテンキー

等の周辺機器を接続して起動しているところを、何も接続せず本体だけで起動したところに

問題があった様で、パソコンがいつもの環境と違う点を認識するまで時間が掛かっていた

だけの様である。 それにしても本当に驚いた。 まさにパソコン命である。

Notepc01 Notepc02

2009年7月29日 (水)

中国出張アラカルト②

◆ 商談時の習慣

日本と中国では商談時の習慣が違う。

日本では来客があると、お茶かコーヒーが出て来て終わりであるが、中国では色々な食べ物

が商談室の机の上に並んでいる。春には「イチゴ」今の季節なら「西瓜」に「ライチ」、秋口だと

「葡萄」や「ミカン」、定番では「バナナ」等々、フルーツ類以外にはキャンディーや、昔懐かしい

乳製品キャラメルの「ヌガー」、西瓜やカボチャ、ひまわりの種など多種に渡る。

中秋の頃なら、「月餅」を積んである時もある。 それらをお茶と一緒に食べながら商談をする

のである。 我々にも勧めてくれるが、日本ではそんな習慣が無いので、少し戸惑ってしまう。

今回、紹興の訪問先で、スモモの様な果物が出た。 名前は「李子」と言うそうだ。

日本にも有るかも知れないが、私は初めてである。 果肉は紅く、甘酸っぱくて美味しかった。

Kudamono01 Kudamono02   

◆ 似トルの椅子

上海のホテルに安楽椅子があった。 何処かで見た様な椅子である。

我が家の椅子に似ているので、まさに「似トル」の椅子であるが、結局この椅子でゆっくりする

時間が無かったのが残念である。

Isu  

◆ 開けてビックリ!

同じ上海のホテルでの出来事である。

チェックインが終わり、カードキーを貰って、シースルーのエレベーターで20階へ向かう。

部屋に入るとカーテンが閉まっている。 時刻は5時なのでまだ照明は要らない。

光りを採ろうとカーテンを開けた途端、ゾクッ~!!

このホテルの窓は足下までガラス張りになっていたのである。 まったく心臓に悪い。

Hotelwindow

2009年7月28日 (火)

中国出張アラカルト①

「夏の中国商務紀行」の中で書かなかった、出張中の出来事についてお話ししてみたい。

  

◆ 1時間の時差ボケ

以前にも書いた事があるが、日本と中国の間の時差1時間は意外にキツイものがある。

欧米に旅行すると昼夜が逆転する事が多いので時差ボケは眠たいのを我慢していておいて

1回グッスリ眠ると解消される様である。 中国でレポートやメールを書いていると就寝するの

は現地時間で12時(日本時間で1時)頃になる。 朝は7時に起床しても、日本時間で8時で

あるので、中国での生活は問題無い。しかしその生活を1週間以上続けていると帰って来て

からの数日間がつらい。 何故ならば日本時間で1時頃にならないと眠れなくなってしまって

いるからである。それでいて起床を6時とすると、睡眠時間は5時間程であり、都合2時間程

少なくなってしまう。 これが私にとっては結構キツイのである。

  

◆ ローカル料理

中国の料理は何処に行っても中華料理には違いないが、地方によって特徴が違って来る。

味付けは勿論のこと、使われる食材なども当然変わって来る。

私の出張は移動範囲が広いので、行く先々の料理は楽しみの一つになっている。

今回、江蘇省の南京市内で昼食をとる処を探していたら、手頃な食堂を見つけた。

蘇塩・土菜館と書いてあるところから、江蘇省の「塩城」地域の田舎料理の店の様である。

しかし何が名物かもよく判らず、結局食べ慣れた無難なモノばかりを注文する結果となった。

出てきた料理はそこそこ美味しかったが、地元料理の店に入った意味は無かった様だ。

しかし店を出た時、柱に書かれた「狗肉」の文字を見て少しビックリ!

食べられない事は無いだろうが、地元料理を頼んでいたら、「犬肉」が出たかも知れない。

Dosaikan

2009年7月26日 (日)

夏の中国商務紀行⑧

昨晩は、上海のホテルに宿泊した。

上海は中国の中でも、飛び抜けて物価が高くて、宿泊するホテルを選ぶのにも苦労する。

しかし、日本でインターネットや旅行社を通じて予約をすると、超格安で泊まれる事がある。

但し、時期的な制約があって1日違うと全く値段が違ってくる事があるので不思議である。

今回は米国系の5つ星級のホテルが、東京のビジネスホテルより安いぐらいの値段で泊まる

事が出来たのでラッキーであった。 さすがに5つ星、設備も食事も言う事無しである。

Rchotel03 Rchotel04

私の場合、上海での仕事はほとんど無くて、帰国の為の前泊が目的になる。

以前は上海の中心地に宿泊していたが、渋滞で時間が掛かるので、最近は空港に近い浦東

地区に宿泊する様になった。  空港迄の時間が読めるので、時間に余裕が出来る。

今日も、遅めの朝食をとり、出発まで部屋でゆっくりする事が出来た。

米国系のホテルは造りが「ロの字」型で、中央が吹き抜けになっていて、エレベーターが透明

になっているホテルが多いと言う話しを聞いたが、宿泊のホテルがまさにそのタイプである。

20階に宿泊したが下を見ているとお尻がくすぐったくなる。 高所恐怖症の人はダメである。

Rchotel01 Rchotel02

日本時間で11時30分、ホテルを出発し、空港に向かった。

日本航空794便、B767-300は定刻より10分遅れて浦東国際空港を離陸した。

Pudong02 Pudong01

2009年7月25日 (土)

夏の中国商務紀行⑦

杭州湾工業園区「上虞」の朝をむかえた。

天候は曇り、まだ梅雨前線の影響か、いつ雨が降って来てもおかしくない空模様である。

出発は9時(日本時間10時)であるが、いつもの通り目が覚め、早めの朝食をとる。

上海など大きな街に近付くほどホテルも洗練されたホテルが多くなる。

上虞の街は工業園区の街であり、我々日本人を含んで外国人が多く宿泊しているため特に

顕著である。 ロビーでは綺麗な小姐が二胡の演奏などをして宿泊客を迎えてくれる。

朝食バイキングの種類も多彩で、我々の親しみやすいモノが多くなり嬉しい。

今朝も、たくさんの蒸かし饅頭がセイロで湯気を上げており、美味しそうである。

いよいよ今回の出張も終盤を向かえ、本日は紹興酒の街「紹興」に向かう。

Niko01 Niko02 Fukashiman02

ホテルを出発し高速道路を通って順調に紹興の街まで来た。

しかし、紹興の料金所を出た処で、我々の車は公安に停止命令を受けたのである。

高速道路で違反した様な記憶は無かったが、パートナーの会社の運転手は公安に言われる

まま、近くの派出所に連れて行かれたのである。

10分ほどして運転手は赤切符を手に、トボトボと車に帰ってきた。

話しを聞いてみると昨年の暮れに浙江省の某所で法定速度を20%オーバーした罪との事。

切符を見せて貰ったが、違反場所は勿論のこと、日付も時間も記載されていない。

そんな理不尽な!と思ったがこれが中国なのである。 国家権力には逆らえないのだ。

中国の交通警察は、ネットワークによる取り締まりを行う。 違反した車両はその時には取り

締まられなくてもネットワーク上に登録され、全く違う日時、違う場所での取り締まりに掛かる

事になる。 今回も料金所を出た処に停車していた公安の車内で、料金を支払っている車の

ナンバープレートを確認し、コンピュータによって違反の履歴を検索した様である。

罰金は200元(約3000円)運転手には痛い出費だ。 但し減点は無い様である。

Koban01 Koban02

紹興の街から、最終目的地「上海」に向かった。 通常上海迄は2時間半ぐらいで到着する

のであるが、中心部に入るところで大渋滞に掛かり、結局4時間も掛かってしまった。

上海万博に向けての道路工事が原因の様であるが、本番は大丈夫なのだろうか?

2009年7月24日 (金)

夏の中国商務紀行⑥

6日目の朝は雨である。インターネットで気象衛星の画像を見ると、しっかりした雨雲が我々

の居るであろうと思われる場所にある。 今日は雨の中、長時間走る事になりそうである。

中国に来ると、飲み物に困る。 特に夏場は喉が渇くので特別である。

綺麗なだけで正体の判らない色水はたくさんあるが、正直あまり飲みたくない。

結局、ビールかミネラルウォーターになってしまうのだが、私は1つだけ楽しみなモノがある。

それは「酸奶」又は「酸牛奶」と呼ばれるモノで、中国のヨーグルトである。

「牛奶」とは中国語で牛乳の事であり、酸っぱい牛乳と言う意味でこの様に呼ばれている。

日本ではヨーグルトと言えば固まっているモノが大半で牛乳の様な液状のモノが少ない。

ところが中国では逆で、牛乳パックに入った液状のヨーグルトが、とてもたくさんある。

大手有名メーカーのモノは勿論、地方に行けば土地のヨーグルトが加わり種類が増える。

随分たくさんのヨーグルトを飲んだが、まだ同じモノを飲んだ事が無いくらいである。

中身も固形に近いような濃厚なモノから、カルピスの様な薄いモノまで様々である。

毎回、色々と変わった味のヨーグルトが飲めるので、私は楽しみにしている。

お腹にも良いので、中国に来られたら是非とも色々な「酸奶」を試される事をお薦めする。

Sannai01 Sannai04 Sannai02 Sannai03

今日は、昨晩の宿泊地、江西省の街から浙江省の杭州湾上虞工業園区に来た。

途中、陶器で有名な景徳鎮を通って、約7時間の長旅であった。

途中、安徽省「黄山」の高速道路料金所で中国で初めてETC車用のゲートを見たが×印が

されていて通行出来なくなっていた。 まだまだ搭載車は少ない様である。

Etc

2009年7月23日 (木)

夏の中国商務紀行⑤

昨日は列車で武漢(漢口)に到着後、車で南東に2時間ぐらい走り「黄石」と言う街に来た。

5日目の朝はその黄石のホテルでむかえた。 噴水のある前庭が綺麗なホテルである。

昨日の記事には続きがあり、武漢に到着後我々は1時間の地獄を体験する事になった。

今、中国の古い駅や空港はドンドン建て替えが進んでおり、漢口の駅もその1つだ。

我々が乗った新列車は以前の漢口の駅ではなく、遠く離れた仮設駅の方に着いたのである

が、ここには車が入って来られない。 当然迎えの車は以前の駅の出口付近にある駐車場に

停めていると言うから、さあ大変。  結局40℃の炎天下の中、重い荷物を持って約2kmほど

歩いて駐車場まで行く始末である。

ここで特記したいのは、中国の人はそれが当たり前の様に文句を言わず黙々と長蛇の列を

作って旧出口の方に歩みを進めるのである。 結局、約1時間の時間ロスになり、脱水症状で

ダウン寸前であった。 その代わりと言っては何だが夜のビールが、ことのほか美味かった事

は言う迄もない。

Jiko Ys_hotel 

2009年7月22日 (水)

夏の中国商務紀行④

今日は皆既日食の日であるが、残念ながら南京の街は低い雲に覆われ間違っても太陽は

見られない天候だ。 昨晩は雷を伴う大雨で、車から出られない時があったほどである。

朝早くからの移動で、南京から湖北省の漢口(武漢)まで列車で向かった。

この列車は「動車組」と呼ばれる列車で、新幹線車両を使用して在来線を走るのである。

最高時速250kmで走るので上海-武漢(漢口)の所要時間は、従来の10時間程から4時

間45分に短縮されたそうである。 中国の駅では日本の様に好きな時にホームに入る事は

出来ない。 先ずは指定された待合室に入り、時間が来たら一斉にホームに移動する。

飛行機と違って大きな荷物を持った人が我先にと動くので、うかうかしていると押し倒されて

しまいそうになる。 ホームも人で一杯になり、線路に落ちない様に注意が要る。

電車が来たら、再び大変な思いをして座席まで行く事になった。 もう汗だくである。

Train01 Train02 Train03

ちなみに、これは自由席車両での出来事ではなく指定席車両である事を付け加える。

中国は「順番」と言うモノを学ぶ必要があるが、人口の多さがそれを阻害している様である。

新幹線の車両自体は、サンダーバードのデラックス版と言ったところで、結構快適であった。

ちょうど移動中に日食がピークを迎え、太陽こそ見る事は出来なかったが、夜と間違う様な

景色の中を走る事が出来た。

Train04 Train05 Train06  

2009年7月21日 (火)

夏の中国商務紀行③

江蘇省の「塩城」で3日目の朝を迎えた。

今日の朝食は、蒸し饅頭も、お粥のトッピングも揃っていて、満足である。

私は、お粥にはたくさんのトッピングは要らない、ただ1つ「塩蛋」があれば良いのだが、これ

が無いホテルが時々ある。 「塩蛋」とはゆで卵の塩漬けの様なもので、殻ごと半分か4分の

1ぐらいに切ってあるモノを、中身だけお粥に混ぜて食べる。 この塩分が味の付いていない

「白粥」にちょうど良い塩加減を与えてくれるので、正直他に何も無くてもいける。

私も、中国に来る様になるまでは、「ピータン」くらいしか知らなかったが、中国生活が長かっ

た商社の方に教わって以来、朝粥には欠かせないモノになった。

中国の料理は、数が多くて、見た目にも何か判らないモノが結構多い。 また食べ方を知らな

い料理も結構ある。 事実この「塩蛋」も、食べ方を教えて貰うまでは、色の悪い「ゆで卵」くら

いにしか思っていなかったのであるから、まだまだ中国は奥深く、更なる興味がわく。

Fukashiman   

今日は、「塩城」から約300km走って「南京」に到着した。

塩城から新しく出来た高速道路を通ったが、途中で少し安徽省をかすめる様に通るところに

サービスエリアがある。 そのサービスエリアの名前が「釜山」と言うから面白い。

中国語では「FuShan」と呼ぶが、中国に釜山があった事で道中の話しが盛り上がった。

南京の街は大きいので車の渋滞もひどい。 ちょっと近くまで行くのも大変である。

中国も都市部を中心に急速に車が増加しており、将来どうなるのかと思っただけで気が遠く

なりそうである。

Fushan