人の名前は大切
国のトップが今のお方になってから、良きにつけ悪しきにつけオヤジの周りに
様々な変化があった。最近では「XXが」や「XXさんが」と言った、あまり
良い意味での呼び方をしなくなったため、名前を耳にするたびにチョッとだけ
ドキッとする事が増えた。年賀状を始めとする様々なオヤジ宛の名前の多くに
誤字が見受けられる様になったのも事実だ。それでなくても一般的な漢字では
なく比較的頻度が少ない漢字なので猶更だ。特に最近ではパソコンやワープロ
の使用が多くなり一度変換した名前の文字をマシンか記憶しているため、次に
打ち出した時に、直近で使った文字が出て来てしまって余計に間違い安いのだ。
オヤジの場合は、自分宛の名前を間違えられても目クジラを立てるほど気分を
害する事はないが、かつてオヤジが担当したお得意様に、大変な方がおいでた。
それはオヤジがサラリーマン1年生の時だった。ある樹脂加工会社の購買部長
に「大田」さんと言われる方がいたが、初対面の名刺交換で必ず、私の大田の
大には点がありませんので、と仰る。つまり「太」ではない、と言われるのだ。
その後、仕事上の文書などでこの注意を疎かにして、漢字を間違う様なことが
あると、その担当者をそれだけの人物であると評価するそうで、以降の取引に
影響があった事例を代理店の担当者から聞いた。要するにそれほど人の名前は
重要だと言う事で、仕事とはそれほど神経を張り巡らせて行う必要があるのだ。
それ以降オヤジはこれを実践して来た。わたなべさんの「辺」や「邊」などは
本当に神経を使ったが、ここでも会社勤めの最初に重要な事を教えてもらった。
名刺や写真は、その人物の分身である、と言う教えは古い世代の考え方になり
つつあるが、いくら時代は変わっても、基本の精神だけは変わって欲しくない。